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思ったことを、とりあえず放言してみるブログ


by aatman

研究教育の二つの未来(解放と囲い込み)

前回のエントリー大学院ギルドの未来に関して、大「脳」洋航海記のvikingさんからトラックバックを頂きました。そのエントリー、「アカデミアという名の斜陽産業」における、大学院研究の未来について、もう少し考えてみたいと思います。

ハード・ランディングの場合

1、食いっぱぐれたポスドクが社会にあふれ始める
2、ドクター・ポスドクの就職難という情報が広く認知されるようになる
3、就職難という実態が知られることでドクターへの進学者数が減少の一途をたどる
4、ドクターが減りすぎることでつぶれる大学院が増えていく
5、アカデミアの求人数とポスドクからの求職数が均衡する
6、しかし、既に優秀な人材はアカデミアを目指さないという傾向が社会全体に定着していて、もはやアカデミアは優秀な人材を呼び込めなくなる
7、残った大学院も少なくなるため、アカデミア全体の研究者数が減少しお互いの競争意識も低下する
8、縮小したアカデミアは影響力も社会に対する存在意義の説明能力も失い、公的予算の獲得もままならなくなる
9、日本の研究業界全体のレベルが低下し、結果として国際的競争力を失う
(アカデミアという名の斜陽産業)
博士課程を修了したポスドクが、大学院ギルドから見放され、職を失うような事態が起こると、遅かれ速かれ、ギルドに忠誠を尽くそうと考えるポスドクは居なくなり、ギルドを離れて生きてゆくすべを求めるようになるでしょう。そして、そのような現状を見ている院生、もしくは院生になろうとしている者は、お金と時間を費やしてまでギルドに入っても、追放されることに対するリスクが高すぎると感じて、大学院に進学することを忌避するでしょう。

このような院生やポスドクの大学院の忌避は、当然、深刻な労働力不足を大学院研究にもたらします。しかし、ここで思い返す必要があるのは、大学院はどうやって院生やポスドクが働かないと成り立たないような、歪んだシステムを構築することができたのかと言うことです。結局のところ、研究者になるには大学院で博士という認定を受けなくてはなくてはならないということと、これを認定出来るのが大学院のみという独占状態が、大学院生に借金をさせてまで研究を行わせる強制力になった、つまり、大学院ギルドは、研究者のライセンス、博士号授与機構を独占することで、研究者を目指す若者のお金、夢、未来を吸い尽くすシステムを構築出来ていたと言えます。


大学院忌避の流れが、大学院ギルドにもたらす効果はいくつか考えられますが、一番の痛手となるのは、安くて数の多い労働力である大学院生の新規参入が減り、現役院生のモチベーションも下がるところにあると思います。これは、各大学がCOEなど(の国の臑をかじった資金源)から院生に給料を出すなどと言った、朝三暮四的なインセンティブの投入に躍起になっていることなどからも窺えると思います。

次の痛手となるのは、ポスドクなどのシニアの研究者がこの業界を去ることに伴う、実質的な研究能力と現場の教育レベルの低下です。マスコミの報道などを見ると、ポスドクは大学院研究における末端構成員で、組織にしがみついてお情けで給料をもらっているダメ人間、と言うようなレッテル張りがされていると感じます。しかし、実際には院生の何倍もの経験を持ち、現場のトラブルシューティングにも長けた、研究遂行のエキスパートです。現場から離れて何年も経つ教員などよりも、この能力に秀でているのは間違いないと思います。院生は実務のほとんどをポスドクや博士課程の先輩から学びます。この層がいなくなることは、新しい院生が実務能力を学ぶ機会を喪失すると言うことであり、結果的に現場の実務能力が中長期的に失われることにつながります。


まとめると、文科省の奇策(妙策?)による、大学院拡充、ポスドク1万人計画は、結果として大学院ギルドの自給自足システム肥大化させ、その崩壊を実現しました。そして、大学院ギルドが独占していた研究者のライセンシング機構、博士号授与利権も、博士号の価値の暴落により崩壊に近づいている状態です。

このままポスドクなどのシニア研究員の排除と、大学院生の減少が推移すると、研究者を目指す若者の夢や憧れを利用して、安くて過酷な条件で研究させると言う、封建的システムは成り立たなくなり、大学院は正当な対価を支払って研究員を雇用するか、外部機関(下請け業者など)に研究遂行を依頼することになると思います。これは年間4兆円と言う科学研究費利権を壊し、民間にもそれを広く循環させると言う意味では、ハードランディングではなく、国の研究資金の解放とも言えると思います。


ソフト・ランディングの場合
1、博士課程の定員大幅削減によって、ポスドクの増大に歯止めがかかる

2、人件費の拡充か給与水準の引き下げによって、国公立研究機関がポスドクを食いっぱぐれる前に囲い込む

3、囲い込まれたポスドクたちが前任のアカポス(主にPI)の定年退職に伴い、順次アカポスに就いていく

4、後からやってくるポスドクたちは大幅減員されているので、アカポスに就くまでの待ち時間も短くなる
5、アカデミアの求人数とポスドクからの求職数が均衡する
6、博士(後期)課程入試の段階でスクリーニングしているので、後からやってくるポスドクたちには優秀な人材が多く含まれる
7、結果として優秀な人材の囲い込みに成功し、日本の研究業界のレベルが上がり、国際的競争力も高まる
(アカデミアという名の斜陽産業)
このソフトランディングの意味するところは、規模の縮小化による、大学院ギルドの存続を目指す復古路線と言うことになると思います。これは、利権構造の維持と言う面で、大学教職員には意味があり、もし、今のポスドクなどの博士も職にありつけるなら、全て丸く収まりそうなのですが、大学院の価値が高まるのか、と言うと疑問が残ります。

仮にこのソフトランディング路線でいくとして、6の優秀な人材をどう集めるか、と言うところがポイントになると思います。優秀な研究者と言うのは、筆記試験や30分程度の面接ではわからないですから、そのまま無条件で、教員として数年後に採用するのはリスクが大きすぎます。一度は実際に研究をやってもらう必要があると思います。博士課程の定員を減らして、入口のチェックだけにすると言うのでは、これまでの大学院ギルドそのものです。

理想としては、たくさんの院生を集めて「教育」し、院生の向き不向きなども考慮しながら企業などの分野に進むか、アカデミアに残って教員を目指すのか、それとも研究のマネジメントやサポートをしてもらうと言った適材適所の進路指導と組みあわせて選択して行くのが良いと思います(例えばアメリカでは、大学院生のほとんどは企業に行き、ポスドクやPIになるのはごくわずかです)。

とは言っても、今の日本の大学院には、社会に人材を送り出すほどの教育能力も無く、たった2万人のポスドクを吸収する器もない訳ですから、大学院の質を保つために定員を増やしては、必ずほころびが生じます。結局、これをカバーする最後の手段としては、博士利権の強化、例えば、博士のセーフティーネットの敷設などしかないのではないかと思います。

つまり、職の無い博士に、生涯、毎月10万円前後(出来れば20万)の年金を支給するような機構をつくるわけです。こうやって、博士号を取っても研究者になれなかった者にも、最低限の収入を保証することで、博士号を買いたいと思う院生を集めると言う方向性です。これなら、割とたくさんの院生が来るのではないかと思います。

この財源は、当然、他の誰でもなく、学位を授与した大学院の教職員が積み立てるべきでしょう。人数としては教職員の方が圧倒的に多く(10倍から12倍)、給料も平均800万以上ですから、その5%も積み立てれば、今のポスドク数なら一人当たり40万/月くらい支給出来ます。月10万円なら、今の4倍くらいまで博士の数は増やせると言うことになります。このような方法で、「大学院ギルド」を「博士ギルド」まで拡大してしまえば、国の研究費4兆円と、大学の運営金2兆円はこれからもギルドのものです(それを払わされる側は、アホらしいことこの上ないですが)。


まとめると、今の大学院は、このまま院生の数を減らし、ポスドクを切り捨て、大学院ギルドの存続を図るという、なりふり構わぬ逃げの体勢に入りたいようです。しかし、これで国際的な研究競争力が向上する訳もなく、当然、拡充が始まる前の水準まで下がるだけでしょう。国民の総意でそれで良いよ、と言うことなら異存はないですが、今の日本のあり方を見ていれば、それじゃマズいと言うのはすぐわかると思います。

最近は、医薬のトップカンパニーであるタケダが、自前の医薬を開発出来ずに、アメリカのベンチャー(ミレニアム・ファーマシューティカルズ)を医薬ごと8000億円で買うと言うニュースなどにもあるように、日本の研究能力の低下が現れて来たことを感じます。逆に、東芝がアメリカに8000億円で原子炉を作ると言うニュースもあったので、全部が全部ダメと言うわけでもないですが、これも、東芝が6000億円で買収したウェスチングハウス社の技術力がものを言っています。今の日本の企業では、研究開発力を自前で教育出来ず、海外から輸入すると言うスタイルに変わって来ている印象があります。実のところ、斜陽なのはアカデミアだけはなく、日本の研究開発力そのものも、斜陽なのではないかと思います。

このような状況を打破するのは、もちろん日本の研究者のレベルの向上が欠かせないのですが、今の大学院や、企業における研究教育にはもう限界が近そうです。さらに悪いことに、日本の研究環境と言うのは、国際的に見るとどうしようもないくらい悪く、さらに日本語と言う厚い障壁が存在するので、海外からの人材の流入もほとんどありません。もはや、科学技術は自前で向上させるしかないのです。それを進めるためには、出来る限り早く、新たな研究者の育成や、研究開発のシステムを模索して行くことが必要だと思います。

これには、自由な競争と、本当の意味での人材の流動性が鍵になると思います(今の流動化は、立場の弱い若手労働者しか流動しないので、利権が固定されてしまい意味がありません)。今、大学院ギルドに独占させている、年間数兆円というお金があれば、相当のことができるはずです。これは、上にあるような研究開発企業を、毎年10社づつでも買収できる金額です。これを市民に(市場に)解放すれば、いろいろな可能性の芽が生まれて来るはずです。
by aatman | 2008-04-29 13:45 | 研究・キャリア